私が橋本環奈とストリートワークアウトをした話

私の住む街、広島。

広島市内から自転車で10分ほど、横川駅からも自転車ならば5分も掛からず通えるのが私の住む中広という町である。太田川の放水路と天満川に挟まれ、なんとなくジメッとした陰鬱な雰囲気もあるが、交通やスーパーマーケットの近さなど多種多様、諸々の利便性がある暮らしやすい土地でもある。

 

 

ストリートワークアウトという文化がある。

Wikipediaからの引用で申し訳ないが、ストリートワークアウトとは「主に戸外の公園や公共施設で行われる身体活動、トレーニングである。

発祥は古代ギリシャまで遡るが、ロシア等東ヨーロッパやアメリカ合衆国で人気のムーブメントとなり、現在では世界中に広がりをみせている。ストリートワークアウトを構成する主なトレーニングメニューは腕立て伏せ・懸垂・マッスルアップ・ディップス・腹筋運動・スクワットである。これらに加え、静止系のトレーニングであるヒューマンフラッグ・フロントレバー・バックレバー・プランシェといったものも存在する。」といった内容のもので、中にはパフォーマンスを競う世界大会なども開かれたりしているが、一般には「公園など野外で行う筋トレ」と説明すれば簡潔に伝わるのではないだろうか。

 

私の住む中広という町は公園が比較的多く点在していると思う。

その中でも、中広第二公園はストリートワークアウトにかなり適した公園だと思われる。懸垂をしてくださいと言わんばかりの設備、ある程度広いグラウンド、家から徒歩で数分……かなり良い場所である。

私も毎日行くわけではないが、今日は食べ過ぎちゃったな、と思った日は贖罪のように中広第二公園に足を運んで自らの身体を持ち上げたものだった。

 

その中広第二公園で橋本環奈と出会ったのは2年前の夏だった。

去年の夏はそれほど熱く感じなかったが、2年前の夏はそれはそれは暑い夏だった。

 

陽が落ちてもなお湿度は高く体感温度はさして昼間と変わらない鬱々とした7月の下旬、8月はもっと暑くなるのかと考えただけで汗がどっと噴き出るが、夏の虫の音がそのべったりと肌に張り付く汗に濡れたシャツの嫌悪感を少しは和らげてくれていた。

 

虫の音を聴いていた私はその時サークルの飲み会帰りで、一人で「今日は食べ過ぎたな」などと思いつつ、酔いも覚め切らぬ中私は中広第二公園に腰を下ろしていた。暴食の償いにこの公園に来たというより、家から近い場所で少し夜風に当たって休みたかったというのが本音だった。

時刻は既に0時を回っていて、日頃はうるさい高速4号線の車の走行音も今は鳴りを潜めて静かだ。

 

ふと思い立ち、遊具の鉄棒で懸垂でもしようかと腰を上げた時、いつから居たのか、どこかの銭湯のロゴマークが入ったタオルを首に回し、ピンクのキャップを被り、ダサいジャージを着た小柄な女の子が目の前に居た。

最初はその格好から、近所のオバちゃんが私と同じように運動不足の解消にこの公園に来たのかと思ったが、その顔を見て驚いた。

「橋本環奈だ」。

 

「何故ここに橋本環奈が?」と疑問を持つより前に、ただ橋本環奈の可愛さを全身に受けていた。そっくりさんだという考えは私の頭に全くよぎらなかった。本物のオーラがその公園に広がっていた。

 

私は橋本環奈のオーラに当てられたのか、朦朧とした気分になり、この世が中広第二公園しか無く、中広第二公園の下にはゾウが数体居てその地盤を支え、そのゾウの下では亀がまたそのゾウを支えていると一瞬で公園の構造を紐解き、この世はこの中広第二公園で完結している事を察した。何が正しいのかわからなくなった。橋本環奈の可愛さがそうさせた。

 

私は“世界”の中で僧帽筋を責めるべく遊具でビハインドネックチンニングを始めた。“世界”の中で“世界を象る橋本環奈”が目の前にいる、“ヒト”の私が自己を研鑽しより上を目指す事は、モノリスに触れたヒトザルが道具を用い始め人類の萌芽が生まれたように必然だった。

ツァラトゥストラはかく語りきツァラトゥストラの語る超人とはこの場で誰を指すのか私には理解が及ばなかった。

 

私は橋本環奈を肩車し、ワンレッグスクワットをカマした。

大腿四頭筋ハムストリングスがキレ始めた。先程まで嫌悪感しか無かった自らの汗が心地よい代謝へと変わって行く。

橋本環奈を抱えナローグリップベンチプレスを、橋本環奈を担ぎフロントブリッジを、橋本環奈を持ち上げクランチを……二人の呼吸音だけが無音の夜に溶けていった。

 

 

その夜、私は橋本環奈と一緒に眠った。

 

 

朝起きると橋本環奈の姿は無く、公園は既にゾウに支えられてはいなかった。

いつもの、いつのまにか馴染んだ雑踏の隙間にあるしなびた公園に戻っていた。表の通りではコンビニから出た大量の廃棄をコンビニの契約ゴミ収集車が回収を始め、中広中学校前のレストランミールの二階では殺人事件が起きていた。いつものジメッとした悪い気を溜め込んだ中広町に戻っていた。

 

今日も暑い日になる。朝とは思えない優しさのかけらもない強い日差しをまぶたに受け目覚めた私は、いつもと変わらない足取りで、数100m北にある自分のアパートに帰り、もう一度寝た。

 

橋本環奈とは二度と会わなかった。